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「音楽映画」の可能性、作曲家・安野太郎インタビュー

Music
02/01, 2010

KEYWORD :
MUSICINEMA
安野太郎
音楽映画

2009年11月28日ヨコハマ国際映像祭で行われた音楽映画・第九番の様子。

「オジサン、オジサン、オジサン...」「空、空、空...」など、映像に映し出されたものを出演者が次々に声に出す。合唱のようにメロディーがあるものを歌うのではなく、本当にただ言葉を発するだけで作り上げられる音楽作品「音楽映画」は、去年11月に行われたヨコハマ国際映像祭で発表され、話題となった。この一見不思議な「音楽」は、一体どのように作られたのか、音楽映画の立案者で作曲家の安野太郎さんにお話を伺った。


—安野さんは東京音楽大学作曲科を卒業後、IAMASに進学されたそうですが、現在はどうのような活動をされているのでしょうか?

安野 フィールド的には、現代音楽と呼ばれるところでやっているつもりです。でも音大を卒業してそのまま作曲家として頑張るような、いわゆるクラシカルな現代音楽のシーンの中で活動しているのとはちょっと違うと思います。IAMASには、メディアアートに特別興味があったというわけではなく、三輪眞弘という作曲家が教授をしていたので、彼に学ぶことが目的で進学しました。

安野太郎さん。

—「音楽映画」は2007年に初めて発表されたそうですが、どのような作品なのかを教えていただけますか?

安野 僕が色々な場所で撮影したものを映像編集し、出演者がその映像から見えたものをそのまま言葉として発していくパフォーマンスです。出演者は平均で10人ぐらい。しかし、ただ言葉を発するだけでは何を言っているか聞き取れないので、映像に線を入れたり、参加人数で映像を分割するようにして、それぞれに担当箇所を与えて声に出してもらうことによって秩序立てています。複数の参加者がいることで、同じ映像でもそれぞれ違う視点で物事を見ているということが分かるのです。

音楽映画を紹介する映像。

このように映像の上に線を載せ、出演者は自分の担当の導線の部分のモノを言葉にする。2009年11月28日ヨコハマ国際映像祭で行われた音楽映画・第九番の様子。

—このアイディアは、どのように思いついたのでしょうか?

安野 現状のアートに対して不満があったことがきっかけでした。その不満とは、映画音楽だとか、ダンスと音楽、演劇と音楽など、音楽が他のジャンルとコラボレーションすることによって成り立っているとき、音楽が負けてしまっていることです。つまり、他のジャンルに馴れ合っている音楽が多いと思っていました。そういう気持ちから、映画音楽という単語を反転させて、音楽と映像の重要性を逆転させるようなものとして、音楽映画を思いついたのです。

—例えば映画音楽などは、音楽そのものだけで独立していないということですか?

安野 そうです。例えば、その辺の風景を撮ったときに、おじさんや自転車が通ったとしても、そのおじさんはおじさんでしかなくて、ドミソって音が付くわけではない。それが音楽映画を思いついたときの感覚です。本来、メロディーやリリカルなものと映像は繋がるものではなくて、雰囲気で繋がっているだけなのだと思いますが、僕たちはそこに何か意味があると思ってしまう。悲しいシーンで悲しいメロディが流れるとグッと悲しくなるということは不思議なのですが、音楽を自律させるためにも、そこを意識的に本当は関係ないものだと気付くことが必要だと思って、初めはそのことを人類に啓蒙させたいぐらいの気持ちで始めました。(笑)

音楽映画・第二番「三宅島」

—では、音楽映画の制作では、出演者の方々と作品を発表するまで何度も練習を重ねているようですが、初めに安野さんが考える完成形のようなものがあるのですか?

安野 映像を撮影し、編集している時点でだいたいの完成像はありますが、それは五線譜のように確実なものではなくて、基本的な骨組みみたいなものです。出演者が言葉を発生することありきなので、ドという音が100%ドとして返ってくるような完成形ではなくて、不確実性みたいなものが含まれていますね。

—ヨコハマ国際映像祭で発表された音楽映画は第九番、つまり9作目だそうですが、初めて音楽映画を始めたときとの違いは何かありますか?

安野 すごくあります。初めは、自分ではもちろん音楽作品としてやっていたけれど、素直に音楽として受け入れられてはいなかったと思います。アート的なものではあっても、変で面白いものというか。それが回を重ねるごとに、音楽に近づいていっている気がします。最初は、音楽映画はお笑い路線というか、笑える作品を期待されたりしましたが、九番ではそれを極力なくしました。音楽の作品としてどこまでいけるか試したという感じです。

出演者の数だけ画面を分割している。2009年11月28日ヨコハマ国際映像祭で行われた音楽映画・第九番の様子。

—音楽映画は、音楽の新しさという点でも興味深いですが、それと同じぐらい、見たものを言葉にして発するという行為から、人間の知覚の問題についても考えることが出来そうですよね。

安野 そうなんです。例えば、最近気付いたのですが、音楽映画を始めた時は、人間はモノを見ると同時に全て頭の中でそれを言葉にしている機能があると思っていたのですが、どうやらそれは違うようなのです。「いまこの瞬間」に見えたモノには、言葉が追いつかず、少しでもそれが過去のモノとして認識した時に言葉として生まれてくるのではないかなと思っています。映像は風景が過去になったものだし、出演者の方々も、映像を一番初めに見た時はうまく言葉が発せなくても段々慣れてくるものなのですよ。初めは予想していませんでしたが、音楽を超えて哲学とか人間の話に近づいていくので、僕の許容範囲を超えてどんどん難しいものになっています。(笑)それについては、第九番のパンフレットにも書きました。

—それは、完成されたモノとしての作品ということではなくて、出演者との練習などのプロセスを経験するからこそ、音楽以外の発見があるのでしょうね。音楽映画はこれからどのように続けていく予定ですか?

安野 次の作品は、奥の細道でやりたいと思っています。深川を出発して、東北を回って大垣へ戻ってくるという映像を芭蕉のコスプレをしながら撮ってこようと思っているんです。(笑)本当は猿岩石の旅路を追うことも考えたのですが、それはちょっと大変かなと思いまして。(笑)でも、音楽映画は日本語だと言語の縛りがあるので、将来的には色々な言語でやってみたいなと思っています。

安野太郎さんのアーティスト写真。

安野太郎/Taro Yasuno

1979年東京生まれ。日本人とブラジル人のハーフ。東京音楽大学作曲科を卒業後、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了し、現在は横浜を拠点に活動中。代表作の人間が世界をどのようにして見ているかに注目した「音楽映画」シリーズをはじめ、作品はいずれも音楽的世界・社会に、新たな方向性を感じさせる風を与えることに重心が置かれている。現在、東京芸術大学音楽環境創造科、教育研究助手を務める。

http://taro.poino.net/


イベント「SUPER poino TV」

安野太郎氏が定期的に行うネット放送「poino TV」の放送局をZAIMに設置。期間中には、これまでの活動についてのトーク、メタルについてオールナイトで語り通す「メタル放送大学」の他、即興演奏のプロジェクトなど様々なイベントが行われる。

会期:
2010年2月9日(火)〜2月14日(日)

会場:
ZAIM

住所:
横浜市中区日本大通34


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