「ミュージシャン」という職業から、ソロアーティストやバンドのように、ステージの上でスポットライトを浴びる人達だけを想像する方は多いだろう。しかし、彼らほど注目を集めなくとも、彼らを支えるセッション・ミュージシャンや、CMや映画音楽を制作するミュージシャンなど、音を作る人、奏でる人には実は様々な人々が存在する。良い作品やステージ作りにおいて、なくてはならない縁の下の力持ちでありながら、競争の激しい音楽業界の中を生き抜く強者達。LAを拠点にするブライアン・ルバートンもまた、Feistやシャルロット・ゲンズブールなどの人気アーティスト達をセッション・ミュージシャンとして支えながら、作曲家、プロデューサー、そしてBeckの良き相棒としても活躍する強者の一人だ。自らの力だけで前へ前へと進んでゆく彼に、プロとして成功するコツや、音楽と共に生きる喜びについてお話を伺った。
—どのような経緯で音楽の道に進むことになったのですか?
ルバートン きっかけは5歳ぐらいの時、父親と一緒に親子で学べるピアノ教室へ通い始めたこと。ところが、父は途中で辞めて僕だけが残り、10代の頃には、フォーク、ブルース、ヘビーメタルと想像出来るあらゆる音を自分のバンドで演奏していた。音楽で家賃が払えるようになったのは、23か24の時。でも、当時はまだ生活に余裕はなかったな。最近は作曲やソロ活動もやっているけど、過去5年はずっと主にBeckのツアーに同行していて、「俺はプロのミュージシャンだ」と堂々と言えるようになったのはBeckと活動し始めてからだね。
Beckと活動を始めたばかりの頃のライブの様子。中央がブライアン。
—なぜBeckと仕事をするようになったのですか?
ルバートン 僕は色々な音楽を試したいタイプだから、音楽に対しての欲望を満たすためにはBeckみたいな人とじゃないとダメだとずっと思っていたんだ。それで、色々な人に会ったり、一緒にプレイしたり、時にはパーティーに足を運んだりしていて、ある時、ついに本人と会って自分のことを話せる機会があった。その後で、2004年のGUEROツアーのバンドのオーディションに声をかけられた。オーディションは4、5回あって、最後は嫌気がさしてたな(笑)。ところが、そのオーディションの後でBeckが僕のところに来て、「君がバンドに入ったら楽しくなるよ。」と、さらっと言ったんだ。それが合格のサインだった。だから僕も「そうだね。ありがとう。」と軽く受け答えた。でも、彼が立ち去った後は腰が抜けそうになって、すぐ母親に電話したよ(笑)。
—自分の力で夢を叶えた訳ですね。Beckと出会えたのはラッキーだったと思いますか?
ルバートン すごくラッキーだったと思うね。彼に会う前、自分の居場所が見つからなくて苦労していたことがあったんだ。僕のことを理解してくれて、様々なアイディアを分かち合って、一緒にクリエイティブなことができて、マイルス・デイビスもストーンズもエイフェックス・ツインも何でも好きな人達がなかなか見つからなかった。でもBeckはそれらの音楽全てに対して情熱を持っていた。あらゆる音楽を試すことが出来るのは、世界で一番素晴らしいことさ。僕達はスタジオで狂ったような音を作ったかと思えば、その次の瞬間には古典的な音を試してみたりする。障害になるものは何もないんだよ。オーディションに受かったあの日からずっと僕達は一緒に仕事をして、今では一緒にリミックスや楽曲や映像作品の制作もしている。もう僕は彼のセッション・ミュージシャンではなく、親友なんだ。彼のことを心から尊敬しているよ。
1日でアルバムを録音するという無謀な企画、Beckの「Record Club」にも参加するブライアン。曲はVelvet Underground & Nicoの「European Son」。Vimeoより
—あなたは現在、他のアーティスト達とも活動していますよね。様々な人達と関わるようになって、プロとしてやっていくためには何が大切だと気づきましたか?
ルバートン 親しみやすさ、だね。僕はシャルロット・ゲンズブールのバンドメンバーを探す仕事もしているけど、その時の選定ポイントのひとつは、この人と一緒のツアーバスに乗って、毎朝顔を突き合わせてやっていけるか、ということ。才能のあるアマチュア・ミュージシャンは周りにも沢山いるけど、彼らがプロと違うのは他人と上手くやっていけないところさ。
先月ニューアルバムを発表したばかりのシャルロット・ゲンズブール。そのアルバムの楽曲はBeckが全面書き下ろしていることからも、様々な繋がりが見えてくるだろう。左奥の狼男がブライアン。
—デザインやファッションもそうですが、音楽も多くの人が関わって作品が世に出ることが殆どですから、そこは共通点かもしれませんね。ところで、最近はソロとしての活動にも力を入れていて、ラジオ番組まで持っていらっしゃるとか。
ルバートン テキサス州にマーファっていうすごくクールな街があるんだけど、そこの公営ラジオ局で好きな音楽をかけながら音楽について語るっていう番組を毎週金曜に担当している。あとは、今ソロアルバムも制作中。まだどんな感じになるかはわからないけど、春にはリリースしたいと思ってるよ。普段はソロプロジェクトにかけられる時間があまりないから、やれる時は心から楽しみたい。あとは、映画音楽やゲーム音楽の制作も決まっているね。
—本当に様々ですね。あなたのようなミュージシャンの場合、事務所に所属している訳ではないですから、当然、仕事は自分で探さなければならないですよね。例えばゲーム音楽の仕事はどのような流れで担当することになったのですか?
ルバートン 僕が仲間と組んでいたロックバンドのライブで知り合った人から依頼されたんだよ(笑)。仕事を貰うためには、どんどん外に出なきゃいけない。ずっと家にいたって、何も起こらないってこと。SNSとかバーチャル・リアリティとか、みんな無意味さ。僕はいつだって人に会って、一緒にビールを飲んで、笑い合って、そして仕事を貰ってきたんだ。
そのロックバンドがこのウンデッド・クーガー(Wounded Cougar)。ボーカルはブライアン、他は2007年のBeck来日ツアーのバンドメンバーで構成されている。
—では、ミュージシャンとして成功する秘訣は社交的であること、と言えますか?
ルバートン 間違いなくそうだね。僕からのアドバイスは、人に優しくて、頻繁に外出して、沢山の人に会って、自分が素晴らしいと思う人たちに自分のことを知ってもらって、本物の友人を作ること。彼らが将来素晴らしい仕事のパートナーになることだってあるからね。僕は今、自分の音楽を愛する仲間達と作っている。音楽はそうやって作られるべきものさ。


様々な人が集い、笑いや挑戦が絶えないレコーディングの様子。
—ミュージシャンでいること、音楽業界に身を置くことの最高の喜びとは何ですか?
ルバートン 朝目が覚めて、自分が本当に好きなことをやっていることを自覚できること。自分がクレイジーで才能に溢れた素晴らしい人達に毎日囲まれていること。
—あなたのゴールは?
ルバートン とりあえずソロ活動は良いスタートだと思う。年に何枚かアルバムを作れたらいいね。Beckともこれから一緒に短編映画を作るし、彼との関係もずっと続けていきたい。あとはプロデュースや作曲もどんどんやっていきたい。夢は色々な活動が出来る自分のスタジオを持つことかな。
—最後にプロミュージシャンを目指す人たちにメッセージを。
ルバートン 過去の自分を振り返りながら、今この世界でやっている自分を思うと、これまでやって来たこと全てが今の自分を作っているって感じるよ。だから、まずは本当にこれがやりたいと願うことが重要なんだ。そして、それだけの努力をする。そうすれば、きっとその夢は叶うはずさ。あとは、ミュージシャンとして自分のスタイルを持つこと。よく同じ楽器を持って、同じファッションで、同じスタイルのサウンドをプレイし合う人達がいるけど、重要なのは個性を持つことだ。沢山の音楽を聞くことも忘れちゃいけない。何かを作りたいと思わせてくれるアルバムを探すこと。流行りの曲ばかり聞いてたってダメなんだ。知ってるかい?その音楽は既に誰かが作ったものだって。なのに、どうしてそれをマネする必要がある?クレイジーな曲に耳を傾けて、自分のインスピレーションを刺激するサウンドを探すんだ。
(Text:Chiemi Isozaki)
ブライアン・ルバートン/Brian LeBarton
LA出身、1979年生まれ。ミュージシャン、作曲家、プロデューサー。2004年にBeckの「Guero」ツアーに参加して以来、ツアーだけでなく全てのシングル/アルバムの制作にも参加し、現在は共に楽曲制作なども行っている。Beckファンの間ではかなり有名な存在。キーボード、ドラム、ベース、ギターなどあらゆる楽器を巧みに弾きこなし、これまでにFeist、ジェイミー・リデル、シャルロット・ゲンズブールなど、数多くのアーティスト達のツアーやアルバム制作にも参加。最近では、アメリカ・テキサス州のマーファ公営放送局KRTS93.5FMで毎週金曜夜放送のラジオ番組「Music with Brian」を担当するほか、ソロプロジェクトも始動させ、多忙な日々を送っている。













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