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FILE.023 (10/29, 2009) 迷いなき決断 / 涌井陽一 - 墨絵イラストレーター 涌井陽一

ゼネラリストなのかスペシャリストなのか。クリエイターだけでなくたいていの人が、この問いにぶつかるときが来る。しかしどちらが正解なのかは選んでみないとわからない。いや、選んでもわからないことが多いのが事実だ。墨絵のイラストレーター涌井陽一は後者を選んだ。自分の長所を冷静に分析しそれを生かせる場所を徹底的に探していく迷いなき方法論は、彼の活動の支えにもなっており現在までそれが成功している。人生のターニングポイントで、彼は、一見すると、潔く自分の道を選んでいったように見える。だが、それに至るまでは、いろんな悩みや葛藤もあったようだ。このインタビューで語られるエピソードこそ、この迷いなき決断者の思想が一朝一夕でできあがったものではないことを示している。

墨で工業的なものの絵を描くこともある
─涌井さんの最近の活動について教えてください。
2009年10月6日から12日まで銀座バートックギャラリーで開催したグループ展「牛展2 —アーティストによる牧場—」が最近の活動です。文字通り「牛」をテーマに、クリエイターがジャンルに関わらず集まって作品を展示したんです。
─なぜ牛だったんでしょうか。
毎年、僕は墨でイラストを描いていますので、必然的に年賀状で干支の動物を描く仕事も多いんです。その関係上、実際に動物を見に山に行ったりしてスケッチをしていると、いろんな想像が出てきて面白かったんですね。ある時期、新横浜にある肉牛の牧場で週3、4日通って描いていたことがあったのですが、そこで格好いいイケメンの牛を見つけて。やはり、そんな牛を見つけるとそれだけで想像力も出てくるんですね。その牛に惚れ込んで彼のいろんなポーズを描いていたんですけれども、宿命というか一ヶ月ほどして出荷されていなくなってしまったんです。大きな生き物が生きていたという事実をほとんどの人が知らずに普段肉を食べ牛乳も飲んでいるんだと、がらんとした柵の前で考えていると、僕自身にもぽっかり心に穴が空いて。
─そこで展覧会をしたいと。
ええ。ですから、その年の間に一枚でもいいから自分が納得できる牛の絵を描きたいと思いました。でも、目標を作った方がいいので、牛にまつわるグループ展をやろうと。そこで、牛好きの知人のイラストレーターをはじめとして、プロフェッショナルを条件に、さまざまなジャンルの牛好きクリエイターを集めて銀座でやったのが昨年の2008年の「牛展」だったんです。これが、思いのほか好評で。牛に一度でも仕事で関わった方は牛の良さを知っているようで、遠くは仙台や浜松などから電車を乗り継いで展示を見に来てくれました。そんなこともあり、今年(2009年)は丑年ですから、「じゃあもう一回だけやろう」ということになって、先日開催した訳なんです。おかげさまで連休に日程をあわせることが出来たので、連日大盛況でした(笑)。
─なるほど。お仕事では、どのような依頼が多いのでしょうか?
墨で絵を描いていますから、一番多いのは剣道、柔道や古武道など、武道関係にまつわるところからの依頼が多いです。あとは、僕自身、ジャンルを決めていないこともあるのか、実は工業的な造形物の絵を描くことも多いんですよ。もともとのきっかけは、ハーレー・ダビッドソンからの、正月の広告用として使うハーレーの墨絵の依頼。それから、日立製作所の会社案内では様々な工業製品を10種類描きました。その次に日産のGT-Rを本の表紙で描くことになったり、意外に多いんです。
─使用される画材は?
基本は和紙なんですが、仕事によっては和の雰囲気を排除する場合もあります。墨の勢いは欲しいけれどにじみは必要ない場合は、水彩用の紙に描いたりもします。イラストの使用目的にあわせて色々と変えますよ。
「牛展」での涌井さんの作品「抗う」
同じく「DREAM」
僕がやりたくて歩いたその跡が道になる
─そもそもこの職業を始めたきっかけを教えて下さい。
僕はもともと絵と全然関係ない人生を歩いてまして(笑)。確かに、絵を描くのは昔から好きだったんですけど、小学校から社会人までずっとサッカー部。高校では美術の授業もなかったんです。大学は全然関係ない法学部(苦笑)。でも、ずっと法律をやりたい訳ではなかった。いつかは絵でやってみたいということが頭の隅にありましたが、ファッション雑誌をよく買っていたこともあって、就職はアパレルの企業に入りました。そこで、3年間営業をやりました。ただ、働いている間も葛藤がありました。会社にいる以上は売り上げのために全員同じ方向に向かないといけない。でも、これ以上会社に身をうずめたら僕は絵を描くのを忘れてしまうだろう、と。
─そこで決心されたんですか。
会社2年目の夏休みに、1人で出雲大社に旅行したんです。普段、お参りは好きじゃないんです。神頼みをするより、自分がなんとかしないといけないと思っていたので。でも出雲大社の前でふと出たお願いが、「僕の進みたい道に進めますように。」だったんです。それを自分で感じたとき、別にどちらを選んでもいいんじゃないかと。僕がもしアパレルの仕事をやりたいなら続ければいいし、絵が描きたいなら、別に仕事を辞めて絵を描けばいいわけだし。それまでは、正しい道はどちらなんだろうと悩んでいたんですが、「正しいなんてないんだな。僕がやりたくて歩いたその跡が道になるんだ。」と思って。それで、休みが終わって会社に戻ったら、「あ、ここには僕のやりたいことがない」って気づいてしまったんです。
─迷いがなくなったんですね。
ええ。ただ会社勤めを3年は続けると決めていたので、それまでにいろいろ調べた上で1994年にセツ・モード・セミナーに入りました。故長沢節先生が描かれていた作品が僕の一番描きたい絵に近いと思ったからです。そこで初めてデッサンを学んだのですが、慣れていくにつれ、僕のデッサンのスピードがとても早いことに気づいたんです。そのサッと描いた時の鉛筆の線がものすごく格好いい。だったら、これを生かして僕にしか描けない絵ができるんじゃないかと思って、いろいろ試してたどり着いたのが墨と筆だったんです。墨筆で描くと勢いが出るので、これで望む絵が描けるようになったらいい絵が描けるぞ、と。
─なるほど。
もちろん、最初は墨筆の絵なんて初めてだったので描けないわけです。でもどうしても描きたいので、使い初めて一ヶ月は筆以外のものは持たないようにしました。字を描くのもなんでも全部筆で描いてしまうようにして。とはいえ、それでも全然描けなかったんですよ。これとは別に、1996年くらいから、墨ではなく、ペンで描いて水彩で色を付けるかわいいイラストの仕事が入るようになっていましたが、こちらで頑張っても多分限界があるなというのは気づいていました。仕事は頂けるかもしれないけれども、そんなに上にまでは行けないだろうなと直感的に。
だから、余計に墨で描く自分の絵をどうしても完成させたかったんです。ところが、墨で描いた絵を編集部などに持ち込んでも、「面白いね。でも仕事だとなかなか難しいね。隅に使ったとしても目立っちゃうので、仕事として依頼するなら、最初から君の絵を使う前提で見開きに採用する使い方じゃないと使えないね。」と言われ続けてしまう。だから、墨絵の仕事は一切来なかったんですよね。一番最初に来たのが2003年なんで、丸6年くらいは一銭にもならないことを延々自分でやっていました。
─その間、自問自答で悶々とされたのですか?
そのころには仕事が来るだろう考えていた絵のクオリティ以上になっても、やっぱり仕事っていうのは来なかったんです。いくら努力を積み重ねてもお金にならない世界というのはいくらでもあるので、そっちの道に入っちゃったかな、とも正直思いました。仕事が来るようになったのは、それから1年くらいしてから。ただ、一度「仕事をしました」とサイトに載せてからは本当にどんどん来るようになりました。やはり日本では、実績主義が存在すると思うんですよ。クライアントにしても、目を付けたクリエイターがいくら絵が上手だったとしても、実際に依頼の仕事として実績がないと、仕事を頼んだとしても本当にできるかどうか、例えば1週間でできるのかどうかは分からないと思うんですよね。それが一つでも「これは一つ制限がある中でやった仕事だな」というのがあると、それで信頼されるんですよね。
─仕事が来るまでの間、モチベーションはどう保たれたんですか?
面白いけど仕事にならないと言われると、やっぱり「別のスタイルがいいんじゃないか。」「墨じゃなくても、描くのは一緒だからカラーインクでやったほうがいいんじゃないか」と随分悩みました。ひとつ迷いが晴れる大きなきっかけは、前回moonlinxで登場されたペーパークラフトの千葉さんと一緒に出展した、ニューヨークのグループ展だったんです。向こうギャラリーのスタッフの方から「君の絵はいいよ。おもしろいよ。」とはっきり言われたんですね。そこで、この絵をこのまま続けて行けば、お金にはならないかもしれないけど、他の人には出来ない何かは作れるという確信が生まれたんです。確信してからは仕事が来るまで早かった気がします。もうはっきりとした目的があって絵も描けていました。
日立製作所の会社概要パンフレット内のイラスト「タービン」
本当に白黒だけで伝えること伝えてみたい
セツ・モード・セミナーでの経験が大きな強みだと感じますか?
ええ。一番最後に武器になるのはその部分だと思っています。その経験の上で、10年間描いた筆や墨の扱いという技術が付加価値として残っていますから。おそらく同じ年数筆を使って墨を使えば誰でも真似できるものだと思うんですね。僕が先に仕事としてやっているので、実績的に僕に仕事を頂ける面はあるかもしれませんが、ある程度時間が経ったらその部分は簡単に抜かれると思うんです。でもその部分で勝負している訳ではないんです。僕が見て感じてサッと描く線というのは誰にも真似できないと自負しているこの部分が売りだと思っているんです。早く描いたからどうなんだと言われるかもしれないけれど、やっぱり墨筆で描くと、描いたスピードというのが絵に残るわけですよ。ゆっくり描いては出ない線ですから。それをどううまく作品に反映するかというのも僕にとっては一つのテーマではあります。
─社会人からアーティストやクリエイターになった方々の中には、美大に行っていないことをバネにされている方も多いのですが、涌井さんもお持ちですか?
美大どころか美術的な勉強というのは一切していない訳ですから。セツ・モード・セミナーで気づいた、「こう描けば、僕にしか描けない絵があるんじゃないか」っていうその一点だけでやって来ました。いまでも、その部分を僕は頼りにしています。絵画的なセンスがあるわけでもなく、デザイン的な色の構成がうまいわけでもない。絵の総合的な部分で見せようと思ったらたくさんコンプレックスが出てくると思うんですね。でも、僕はとにかく小さいけれど自分の得意なところだけをとにかく積み重ねて人に見せられる絵を描いているので。ですから、今でも最初の気持ちのままで変わっていないですね。
─墨絵は、水彩画と違い、色は黒と白ですよね。そこで表現をしていくことを涌井さんはどう考えていらっしゃいますか。
色による説明があった方が伝わりやすいものもあるとは思います。でも、白と黒というのは2色ですが、この間のグレーの色調を使うことによって決して2色ではない明暗の表現ができます。また、色彩による画面構成とは違った映像が、墨絵の場合には頭の中に浮かぶんですね。本当に究極で言ったら、真っ白であったり真っ黒であったり、黒い点が一つあるだけでも意味が生まれますし。
だから、僕の頭の中も、もっとシンプルにしたいと思っています。逆に言うと、グレーの階調がなくても伝えたいことが伝わるレベルを目指したいんです。グレーも入れずに本当に白黒だけで、しかも、線ではなくて点。それで墨画をもっている映像を伝えられたらかなり理想的です。
─ありがとうございます。最後の質問になりますが、今後の目指す方向などを教えて下さい。
ここで格好いいことを言えればいいんですが(笑)。本当に明確なものがなくて、何を描きたいかではなくて、僕が何を感じるかの方が重要だと思っています。何を描きたくなるか、どこに題材を見つけるか。たまたまこの1、2年は牛にはまって、無我夢中で追求して描きました。昨年オリンピックがあったときも、オリンピックをずっと見て、もう狂ったように描き続けていたんですよね。じゃあ5年後、10年後の目標がどこにあるかというと、そんな先のことは見えないんです。だったら、もう次の瞬間に僕が何に興味を持つか、その興味を持つ気持ちを持ち続けるというのが一番大事かなと思っています。絵というのは技術ではなくて、何に感動して何を伝えたいかというところが一番根本だと思うので、そちらの方を磨いて行きたいと思いますね。やっぱり「描く」ということが面白いので。
取材時、即興でカメラマンを描く涌井さんと、完成したイラスト
11 Questions - moonlinx が訊ねる11の質問
Q1 あなたにとってインターネットとは?

Q2 最近最も気になることは?

自転車でどこまで行って来れるか

Q3 最も影響を受けたアーティストは?

長沢節

Q4 将来の夢は?

オリンピック、ワールドカップのお仕事をしてみたいです。

Q5 自分を一言で言うと

えかきさる

Q6 好きな音楽は?

Blankey Jet City、上々颱風、Y.M.O.、民族音楽

Q7 クリエイターに向けて一言

人の想像力の数だけ作品も生まれます。
想像のつかない作品を見るのはとても楽しいです。

Q8 座右の銘

鉄は熱いうちに叩け

Q9 どんな子供でしたか?

山や田んぼにばかり行っていました。

Q10 今の職業をやっていなかったら何をしてますか?

音楽をもっと楽しみたかったです。

Q11 最近ブルーになったこと

自分で受粉させたアケビが誰かに収穫されたこと。

涌井陽一
Yoichi Wakui

WEBSITE: http://www.h3.dion.ne.jp/~wakui/

1970年東京生まれ。
94年セツ・モード・セミナー入学、96年よりイラスト制作の仕事を始める。
95年4月〜、「ボランティアが見た阪神大震災」スケッチ展 全国20箇所で開催(主催Y.M.C.A)、2002年グループ展「JAPAN ART ALLIANCE」N.Y.、2008年グループ展「オリンピック全競技展」二子玉川JILLA GALLERYなど。
書籍表紙、ポスターなど仕事多数。
第49回カタログポスター展 日本印刷産業連合会会長賞受賞。
(日立製作所会社概要パンフレットに対して)


NotSame.

クリエイターからクリエイターへ。紹介されたクリエイターにインタビューをし、またその紹介をたどる。数珠繋ぎのように尋ねていく連載企画。「NotSame.」では、「つながり」に焦点を当て、彼らのパーソナリティに迫ります。

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