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FILE.024 (11/27, 2009) 誰も真似できないもの / Junko Okuda - Junko Okuda

「日本では暮らしづらかった」と語るコンテンポラリーダンサー、奥田純子は海外のダンスカンパニーを渡り歩いてきた。しかし、最終的に気づいたことは、「日本人であること」、「自分であること」というドメスティックな事実だった。ダンスを、そして日本を俯瞰的に見つめる彼女の思想は前向きだ。彼女の言葉は、クリエイターがこれからの時代を行きていく上でなんらかのヒントになるかもしれない。

歴史的にすごく重要な人たちが亡くなった。
─最近の活動について教えて下さい。
今年の9月29、30日で久しぶりに「骨の記憶」というソロ公演を行いました。今回の公演を計画するにあたり、普遍的な人のエネルギーを起こすようなことをやりたいと思っていたんです。つまり、奥の方にある記憶を呼び起こしたかったというか。そう考えたら、「骨に刻まれた記憶」というコンセプトに行き着いたんですね。最初は布をかぶってグリーンのエリアに寝そべって、それがだんだん土の状態から隆起していく。でも、テーマが大きすぎたので今回の公演は「第一章」ということにしました。
─土から骨が出て行くことを表現したかったのですか?
いえ、骨そのものではないんですよ。骨の奥の「記憶」を表現しています。だからといって、具体的な記憶を表現はしたいわけではなく、この公演によって来場者それぞれのなんらかの記憶を呼び覚ますことができれば良いと。今生きている時間も大事だけど、もっと前から自分の中に受け継がれている深層部分も意識してほしいというメッセージのようなものもありますね。
─一度立ち止まり総括している感じですね。
そうですね。この公演をやろうと思ったのは、ダンスに関して歴史的にすごく重要な人たちがどんどん亡くなっていっているからなんです。例えば、ピナ・バウシュやカンニングハム、そして身近で言うと野和田恵里花さんなども。彼らは、現在のアートを作り上げてきた人たちなので、そんな人たちがいなくなるということは、どういうことなんだろうと。そして、6月にはマイケル・ジャクソンまで亡くなった。ただでさえダンスが元気ではない時なのに、びっくりしてしまって。そこで、これは何か行動を起こさなくては?と思ったんです。もともと、わたしは流れを変えることが好きなので、こんな状況だからこそ少しでも良い流れにしたいと思ったんですよね。何かやったら、一滴の水が波紋になるように広がっていくんじゃないかと思って。
─なるほど。奥田さんはコンテンポラリーダンスのどこに魅力を感じられていますか?
ダンサーの立場から言うと、決まった動きで構成されるバレエに比べると自由度が高くて、これもありだよ、なんでもありだよ、という部分がものすごく強いところでしょうか。ちょっとした些細なことから座っていることまですらダンスになるし、さらに言うならダンスは生き様そのものだと思いますから、まさに自由度が高い。また、クラシックバレエの始まりは貴族のものだったけど、コンテンポラリーダンスの場合はいろんな人に見てもらうというところも魅力です。 今生きている時間にリンクしてもっと身近な存在とでもいいましょうか。
2009年9月29、30日に奥田さんが行ったソロ公演「骨の記憶」の模様。
海外に飛び出すだけじゃだめなんだな。
─もともと、この職業を志されたきっかけを教えてください。
小さいころ、バレエは女の子には憧れだったんですよ。それで、親にお願いしてクラシックよりはちょっとお金がかからないモダンバレエ教室に通ったのがきっかけです。中学ではできたばかりの創作ダンス部に入ったり高校でもダンス教室に通ったりしていました。それで深い所までやりたくなったんですが、そのころはまだダンスは食べていける職業ではないと思っていました(笑)。でも、好きだったから、大学生になってもダンスは続けて、新人の登竜門みたいなところに応募して新人公演にも出始めたんです。すると、タイミング良く海外ツアーをしている日本のダンスカンパニーのオーディションに合格したんです。海外で踊るのは初めてでしたけれど、日本で踊るのとは違う確かな手応えを感じたんです。
─どのような手応えだったんですか?
世界中の都市で公演をやっていくと、作品が観客に育てられ自分も成長していくんですよ。そうなるともっと日本の外に出て踊りたくなってしまったんです。海外の観客の反応はすごくダイレクトだったので良し悪しを身を持って感じることができる。それで、もっと育ててもらいたい、そんな世界をもっと見て感じたい、と欲が出たんですね。
─では、そこで奥田さんにとっての海外で活動する意味が出てきたんですね。
ええ。帰国後、再び渡航するためにお金を貯め始めました。そのなかで注目していたのはドイツ。この国は市立のダンスカンパニーがあって、ダンサーは公務員扱いなんです。安定されたお金が得られるし、毎日稽古して舞台に立ててお金がもらえるならこれはいいじゃないかと。そう思って頑張っていたら、なんと歩けなくなる大怪我をしてしまったんですよ。
─急転直下の挫折ですね。
はい。普通に就職する事を望んで、ダンサーになることを反対していた両親も、わたしのあまりの落胆ぶりに、しばし沈黙。傷が回復してきた頃、オランダに良い学校があるというのを聞いて、オーディションを受けてそこに入りました。当時、親には傷心旅行と言ってうまく海外に脱出したんです(笑)。現地では、本当に色々吸収しました。一方で、仕事をとることが目的だったのでオーディションもいろいろ受けました。なかでも楽しかったのはピナ・バウシュのオーディション。朝から晩までトレーニングはノンストップでかなりハードでしたが、大好きなカンパニーの有名なレパートリー作品をたくさんやらせてもらえるだけでもハッピーでした。結局その時、彼女が探していたのは男性ダンサー1人だったんですけれどね。でも、そういうことはよくあることで、その時はだめでも、その後もコンタクトを取り続けて、タイミングが合えば仕事に繋げる。これは、ダンスに限らず同じだと思いますが。
─その話は、リアルですね。他のダンスカンパニーでも大変なことがあったと伺いましたが。
イスラエルのカンパニーの仕事の場合は、私にとってはシビアな状況でした。というのは、当時イスラエル政府が外国人の労働者のリミットをかけたときで、ビザが下りなかったりして色々な問題に直面したんです。でも、このカンパニーはまさに私がやりたいことをやっていましたし、わたしの考えにも合ってましたからここでやりたかった。このイスラエルのディレクターから仕事の契約の話をもらった時、わたしが海外へ追い求めにいった問いかけをしてみたんです。「ダンスって何だろうか?心によるものなのかカラダによるものなのか?」と。すると、彼は、「心と体、同時によるものだよ。」と。それで、この人となら仕事したいと思ったんですけどね。
─その後、スイスだったり他の国のカンパニーを回られた結果、日本に戻られますよね。その理由は何だったのでしょう?
日本が嫌で、もっと踊りたいと思って飛び出したわけですが、結局それだけではだめなんだなって思ってきたんですよ。外に求めてもダメ。わたしは自分がやりたいと思えない事はできないんだということを、長い時間かけて気づいたんですね。帰国を決めた時、本当にやりたいことならダンス以外の道も考えようと思ったんです。ところが、そう言うときに限って、たまたま海外から帰ってきていた振付家がダンサーを1人探していて、気がついたらわたしは舞台に出ることになっていた。そんな流れで、今もここまで来てしまいました。
─ダンスでやっていこうと思ったのはいつだったんですか。
大学を卒業する前です。親の勧めで、金融機関で一日8時間バイトしたんですが、私には耐えられず一ヶ月しかもたなかったんです。OLはわたしには合わないんだなと思いましたが、今思えば、ダンス以外考えたくなかったのではないかと(笑)。
公演「透tou」 Photo/Youichi Tukada
オリジナリティの定義が海外では違う
─海外に行っても、合わない人は帰ってきてしまうと思うんですけど、奥田さんの場合、ずっといたということは適応能力があったということでしょうか?
いや、適応能力うんぬんというより、仕事が欲しかったから。そして、サラリーマン家庭で生まれたんだからダンスで食えるはずがないという親の意見を覆したかったんですよね。まあ、日本が暮らしづらかったというのもありますけどね。実際海外の方が楽でしたし。その頃は私だけを見てよ、という自分主義でしたから、他は気にならなかったです。
─海外と日本の違いというのを直接肌で感じられたと思います。
考え方がまるで違いました。海外は、個人が確立していてイエス、ノーがはっきり言えないとだめなんです。そして、自分の国に対してアイデンティティがある。日本人は日本人としてのアイデンティティが薄いんじゃないかな、と思います。海外は国境でしか仕切られていないから、意識しやすい環境にある。私だけかもしれませんが、人種を使ったジョークなどついていけないこともありましたから。人種というものが個性やオリジナリティとなって武器になるんです。クリエイターに言いたいのは、オリジナリティの定義が海外では違うような気がするということです。
─どのような定義なのでしょうか?
「誰もやったことがないもの=オリジナリティ」が日本には強いと思うんですけど、それだけだと行き詰まっちゃいますよね。現に、80年代はやりたい放題で、90年代は落ち着いてきていて、現在はもうなにも残っていない。今の自分のオリジナリティというのは、バックグラウンドの上に立っていて、後ろにあるものとその前にある今をひっくるめた上のことだと思うんです。海外だと、「自分」だとか、「この国の人間」だとか。前の世代とか歴史を背負っているという意識が強い気がする。日本の美術で言うと、西洋の絵画が入ってきた時、こぞって油絵を学んだものの世界的に認められたのは藤田嗣治ぐらいで、彼の手法も純粋な洋画ではないと言われている。日舞を踊る外国人と同じ感覚ですよ。それは自国の文化ではないから当たり前じゃないですか。人がやったことがないものというのがオリジナリティということではなく、他の人がまねできないものだと思います。そして、一個人がアイデンティティをもってそこに存在するなら、もうその存在は誰も真似できないオリジナリティになると思うんです。
─冒頭でダンスは元気がないとおっしゃっていましたが。
特にここ2、3年は経済的なものもありますけど、元気はないですね。助成金もそうでアートにつぎ込むお金が減っている状況だから厳しいです。でも、逆にそれはチャンスだと思うんです。これからは、お金以外のものが経済を循環させていくんじゃないでしょうか。最近は、目新しいものを求め続けることや新商品、それに次々発売される一時的な安価なものに飛びつくよりも、大事に長く使える"本当に良いもの"を手に入れるようになってきていますよね。その流れは、ダンスにも少しずつ出てきていると思います。
─なるほど。
観客が育ってきたとも言えるのですが、人が良いと言っているからではなくて自分の目で判断して、本当に良いものを求め作品や創り手ダンサーを育てる気長さが出てきているように思えるんですよ。また、ここ数年、ダンスが劇場外に飛び出す傾向にあったのですが、その流れも良いものを生み出そうと少しずつ変わってきているように感じます。劇場外だといろいろな人に見てもらえるメリットの反面、作品のクオリティが下がることもあるので。みんなが真価を問う時期、これはチャンスだと思います。
─すごく時代の変わり目を感じるお言葉ですね。では、今度は奥田さん自身の今後やっていきたいことを教えてください。
いっぱいあるんです!「骨の記憶」はずっと続けてやっていきたいと思っていて、次回は1月のパフォーマンスを考えています。それと、「カラダのカタチ」という医療や写真、絵、家具など体に関係するあらゆるジャンルの人が集まって、本当に体に良いものをみんなで感じるイベントをやりたいとも思っています。あと、これは前からやりたいと思っていることなんですが、頭と心と体がパワーチャージできるようなビルを作りたいんです。1階がカフェ、ギャラリーで、2階がダンススタジオで、3階が美容や整体で、4階がアトリエや工房という。つまり、それぞれが、「コミュニケーション」、「体と自分と向き合う」、「体のメンテナンス」、「創ることを体験する」とテーマが分かれていて。そんな頭も心もカラダもハッピーだと感じられる本当に良いものを集めたビルを作りたいんですね。あそこに行けば良い時間が過ごせると、休日に自然と明日が向かうような良い時空間が約束された場所を作りたいんです。
同じく公演「透tou」 Photo/Youichi Tukada
11 Questions - moonlinx が訊ねる11の質問
Q1 あなたにとってインターネットとは?

発信&収集&伝達の道具

Q2 最近最も気になることは?

恐ろしく安い航空チケット(途中で降ろされそう)

Q3 最も影響を受けたアーティストは?

特定のアーティストというより、先人の影響を受けこれからも影響されてゆくのだと思います。

Q4 将来の夢は?

笑顔とわくわくで満ちあふれさせること
(具体的な事ならイスラエルにもう一度行きたいです)

Q5 自分を一言で言うと

衝動的なイノシシ

Q6 好きな音楽は?

いいものならジャンルを問わず好きです。
最近のヒットは 夕立 (SHUREN the FIRE)

Q7 クリエイターに向けて一言

これから生きてゆく子供達のためにもいいもの残していきましょう。
何でも食べてよく咀嚼して美しい体をつくるがごとく
わくわくすることをどんどん形にしていきましょうよ!

Q8 座右の銘

物事は常に逆の意味をはらむ

Q9 どんな子供でしたか?

真面目で内気で腹が立つほど大人びたカラダの弱いいじめられっこ

Q10 今の職業をやっていなかったら何をしていますか?

ケーキ職人

Q11 最近ブルーになったこと

朝の散歩の際、散歩の量が足りないとうちのお嬢(犬)が、玄関のポールにリードを巻き付け立ち尽くし、座った眼でこちらをみたこと

Junko Okuda

WEBSITE: http://www.junkookuda.com

空間立ち上げ系対話型長身ダンサー、振付家、インストラクター。
ヨーロッパ、イスラエル、ソウルなど国内外でソロ活動を中心に活動。上野の森美術館、新宿2丁目バー、 ギャラリー,野外など劇場外でも積極的に公演を行っている。
人の感覚の扉を開けるイベントの企画も行い、エネルギーを放ち輝く体づくりを推奨。(独自のエクササイズは雑誌「body+」に掲載している。)
2009年9月「骨の記憶第1章」を上演。2010年1月4月続編を上演予定。


NotSame.

クリエイターからクリエイターへ。紹介されたクリエイターにインタビューをし、またその紹介をたどる。数珠繋ぎのように尋ねていく連載企画。「NotSame.」では、「つながり」に焦点を当て、彼らのパーソナリティに迫ります。

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