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FILE.022 (05/29, 2009) 「Tai Rei Tei Rio」の神髄 / 高木正勝 - 高木正勝

映像作家/音楽家として活躍する高木正勝から、アルバムとしては2007年リリースの「Private/Public」以来となる新作の知らせが届いた。2008年に行われたライブ音源を元に制作されたCD+神話集の「Tai Rei Tei Rio(タイ・レイ・タイ・リオ)」(6月17日発売)に加え、ドキュメンタリーフィルム「或る音楽」が7月4日より渋谷ユーロスペースでレイトショウ公開されるという。アルバムにはもちろん新曲も収録されているが、「その年に一体何ができるのかということに興味があり、むしろずっと同じ曲を10年間やり続けるタイプ」と高木は言う。その言葉にあるように、かつての曲も違った解釈で演奏するその姿に、アーティストとしての確実な進化を感じられる作品となっている。その進化の理由を追っていきたい。

言語によって出てくるメロディが違うはず
―2007年の「Private/Public」以来のアルバムとなるわけですが、今作では民族楽器や「言葉」を取り入れるなど、何かの根源に迫るような力強さを作品に感じました。楽器編成などはどのように決められたのですか?
前はどちらかというとハーモニーが大事で、弦楽器4人、ボーカルとコーラスという具合にまとまった単位で決めていました。今回は、1人1人が自由勝手に演奏して、それらが偶然に融け合うイメージ。今までの作品の気に入らない箇所を探っていくと、構造がしっかりしていて逃げ道が無いようなものに対して興味が無くなっているのに気付きました。ルールが多くなっていくと、どこでやっても毎回同じ演奏になってしまう。それがおもしろくないなと思って。一方で今回は収録しなかったのですが、例えば「Girls」という曲は、ルールが少ないので演奏する度にその場所に合わせた弾き方ができる。ピアノが変わるとそのピアノに合わせて演奏の仕方を変えられる曲なんです。そういう風に自由に演奏を楽しめる人と一緒に出来れば、楽器はなんだってよかった。楽器編成にこだわるよりも、どんな人と一緒に演奏するかが大事。人との出会いが大切でした。
―形式化されたものからの脱却ということですね。
海外に演奏に行ったときに思ったのですが、場所が変わると「急に通用しなくなること」があるんです。サハラ砂漠に行ったときに、砂漠の真ん中に立てたテントで、夜に現地の人が太鼓とギターで演奏をしはじめたんですよ。チューニングは適当なのですが、それが砂漠のどこまでも響き渡るような演奏だったんですね。「日本の曲を弾いてみて」とギターを渡されたので、チューニングを直して弾いたのですが、なぜか音が全然響かない。「お前のギター、ダメだな」と取り上げられたときに、「今まで僕は何やっていたんだろう」と思ったんです。いわゆる正解…これが音楽だという決まりの構造があって、それを奏でているだけで音楽なのだろうか。やりたい音楽、やるべき音楽とは何だろうというところからスタートしたのかなと思います。
―その経験はいつごろのお話ですか?
3年くらい前ですね。2006年のコンサート「Private/Public」の準備をしているとき。でも「Private/Public」では、そこまで明確には分かっていなかったと思います。今回はその「やりたい音楽」の部分のみをやろうと思いました。
―どこで演奏しても「響く」音楽をやろうと?
わらべ唄ってありますよね。京都だと「あねさん、ろっかく、たこにしき…」という通りの名前を順番に唱えていく唄があるのですが。少し話が飛びますが、はるか昔、音楽がなかった時代、あなたが音を奏でる最初の人だったら、何をすると思います?
―そうですね、何かをたたくと思います。
でしょう? でも、世界各地を調査すると「リズム」を生み出していない地域はあっても、「歌」が残っていない地域はないらしいんです。歌は言葉の延長で生まれる。「だーるまさんが、こーろんだー」というように、話し言葉を変化させて、同時に大気や大地など周りの自然に自分を合わせていくと自然とメロディーが紡ぎ出される。それが今残っている各地の音楽の元になっている。不思議な事に、そうやって生み出された音は響くんです。
―今回の作品にも、「言葉」を大切に綴っているような曲が何曲か入っていましたね。
「音」としての言葉を無視してしまっているように思うんです。言葉を使うことで「意味」は伝えられますが、「音」としての言葉には無頓着な気がします。音楽でも先にメロディを作って、そこに言葉を無理やり当てはめるような作り方に慣れてしまって。そこに違和感があった。本当は言語によって出てくるメロディが違うはずなんですよ。だから今回は、日本語を意識して、言葉を喋ってそれを歌にしていった。現在使ってる日本語だと意味につられてしまうので、音に立ち戻る為に自分なりに日本祖語を作りました。日本語が生まれた瞬間をイメージして。曲を聴いてもらうと、何語か分からないと思いますが、自分では日本語の曲をやったと思ってます。
ドキュメンタリーフィルム「或る音楽」より。2009年7月4日(土)〜24日(金)、渋谷ユーロスペースにてレイトショウ、全国順次公開。
語らないことで「真ん中」をふわっと立ち上げる
―「WAVE」「Elegance of Wild Nature」など、前作に入っていた曲も再演していますが、音楽に対する考え方の変化がプレイにも表れているように、お話を聞いてあらためて思いました。
前は、もっと音そのものを気にして演奏していた気がします。今は、音の粒立ちなどあまり聴いていないんです。音そのものではなくて、音を出したときに「空気がどう揺れるか」などを気にしている。自分の中では、演奏をしていて目の前の空気がぐるんと変わるような瞬間があるのですが、それだけを気にして楽しみながら弾いていました。ただ後で録音したものを聴くと、音だけが録音されていてその空気感がとらえられていなかったりするので、それをアルバムとしてもう一度表現できるように調整しました。
―ライブレコーディングされた音源から、ご自身でミックスされているんですよね?
最終的には自分でミックスしましたが、途中まではエンジニアとの共同作業です。同じ曲をお互い自由にミックスして理想を探ったり、もう一度各楽器の音を実際に聴きに行って認識を合わせたり。より良い結果を目指して、じりじりと少しずつ仕上げていきました。いただいたミックスで「ちょっと違うな」と思うことがあれば、少し直して「どうですか?」と聴いてもらうなど、コラボレーションしながら作っていった感じです。

CD+神話集「Tai Rei Tei Rio(タイ・レイ・タイ・リオ)」(6月17日発売)

エピファニーワークス/ブルース・インターアクションズ

2008年10月に開催されためぐろパーシモンホールでのコンサート及び12月の岩手県立美術館でのライブ音源を元に、高木自身の手によって新たにパッケージされた新作。石倉敏明監修の収録楽曲にまつわる約150ページの神話集も付属。

―どういった部分が気になったのですか?
例えば録音された自分の声は、高く聞こえるでしょう? それに似ていて、ピアノを弾いていても、本体が響いている音って結構低いんですよ。骨を伝わって演奏者の中に入ってくるので。でも、聴いている人に届く音はやや軽くなるので、そこに違和感があるんですよね。だからその部分を補強したくなる。ほかの楽器についても、アーティストの方に楽器を触らせていただいたりして、音を体で覚えてミックスしました。だからほかのCDと比べるとたぶん低域が多くて、一般家庭のスピーカーからはストンと出てこない音になっているかもしれません。でも、演奏家が聴いている音はこっちだと。ステージの照明が変わると音の聴こえ方も変わって音が動いているように聴こえたり、音のスピードが変わったり。黄色い照明と赤い照明では、同じ音でも印象が違うんです。その舞台上での記憶を頼りにミックスをしていきます。
―あくまでも、演奏家として聴こえている音を届けたいということですね。一般的には、その場でお客さんが聴いていた「空間としての音」を届けようとすることが多いですよね。
「表現とは何か」という話になってしまいますが、一番届けたい本質の部分をそのまま取り出して伝えると言うのは、無理ではないかと思っています。敢えて出さない、語らないことで「真ん中」をふわっと立ち上げるような。例えばカメラもそうですが、すべてを忠実に撮れるものって無いじゃないですか。人間が感じるそのままを残すのは無理です。現実より良いか悪いか、どっちかに振れるでしょう。冷静に考えると見たまま、感じたままって表現できないって気付く。外に広がる世界も自分の中に広がる世界も、あまりにも広くて情報が多くて、こぼれおちていくものがあって。鳥の鳴き声一つ伝えようと思っても、本当は数万個の言葉で表現しても伝わらないレベルのものだと思うから、一つの言葉だけ言うと嘘っぽくなってしまう。だから、逆に伝えたい、残したい真ん中にあるものは触らない。本当に伝えたい部分は表現せずに、他の情報をドーナツ状に並べていく。伝えたいものは真ん中にあるんだけど、その周りの情報を聴いてもらう。そうすると、本当に伝えたい部分が勝手に立ち上がってくるから、それを楽しんでほしいと思います。
ただ、物事の「最初」を知りたかったんです
―「その周りにある詳細な情報によって、別の何かを表現する」という手法は、素晴らしい小説を語ることと、ちょっと似ていますね。
そう、行間を読むような。文字なのにイメージが浮かび上がってきて、色が見えて音が聴こえて感動して、泣いていたりする。でも、よく見るとそこにあるのは印刷された文字なんですよね。文字そのものに感動してる訳じゃない。最近、宮沢賢治などを読み直しているのですが、情報としてはほとんど書かれていないんですよ。でも、何でこんなに透明感や凛とした雰囲気が出てくるんだろうと思っていたら「ああ、書かないことで嘘をつかなかったんだ」と気付いて。だから実はインタビューも難しくて、周りにあるものばかりで芯の部分が伝えられないんです(笑)。ただ、最近分かってきたことは、コンビニなどで流れている音楽は、人と人の物語だけなんですよね。あくまでも人が中心で、自然や動物が出てこない。「人と人が作った社会、人と人の物語ばかりで、何をそこまで語る必要があるの?」と。僕はもうお腹一杯だと気付いた。宮沢賢治の話には、クマと人間、自然と人間、銀河や宇宙と人間など、語り合っている対象が違うんですよね。アルバムには神話集も付いているのですが、昔からそういう話が好きだなと思います。「人と人」というのもいいけれど、そこから一歩出た世界ときちんと向き合っているようなものに惹かれます。
―確かにすべてが言葉にできるわけではないですよね。
この作品で何をやったのかを今思い出すと、たぶん、物事の「はじまり」を知りたかったんですよ。何に対しても。例えば音楽の始まりだったり、絵の始まりだったり。神社のしめ縄やお正月の鏡餅など、本当の意味も知らずに普通に接して生活している。
何か目的や意図があって始まったものが、時間が経って色んな事が起こるうちに何だかよく分からないものになってしまった。それに何も疑問を抱かずに接していることが気になって。知れるなら、ちゃんと知りたいと思った。
―そんな思考の過程で、今回の作品が生まれたのですね。
でも簡単に結び付けることはできないです。こうしてCDという形にするのが精いっぱいで、何をやったかよく分からないというのが本音です。神社に例えると、お社を無くして、門を無くして、しめ縄を外して「あなたは何をしますか?」と言われた状況で、出てきたものというか。周りにあるものをちょっとずつそぎ落としていって、真ん中にあるものに触れたかった。本当にそれだけで。だから意味なんてなくていいんです。それに触れたかっただけというのが本音。生まれてはじめて海を前にするような、そんな感覚まで戻りたかった。ただそれだけなんです。
高木正勝
Masakatsu Takagi

WEBSITE: http://www.epiphanyworks.net/trtr/

京都を拠点に、映像/音楽作品を多数発表。映像フェスティバル「RESFEST」で
「世界の10人のクリエーター」に選ばれるほか、デヴィッド・シルヴィアンの
ワールドツアーに参加するなど世界を舞台に活動。2008年9月に山本現代にて行
われた個展「イタコ」のインタビューはこちらから。


発売公開イベント開催
「高木正勝×石倉敏明トークショー」
日時:2009年6月21日(日)
会場:青山ブックセンター本店
お問い合わせ:青山ブックセンター本店 03-5485-5511


タイ・レイ・タイ・リオ<文庫本付き>
タイ・レイ・タイ・リオ
高木正勝


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